柿崎の品格~プライド~
よっちゃんから「花咲爺」最後のレポートが届きました。
最後の報告「柿崎の品格」
柿崎には「品格」は備わっているのか、品格=プライド だが
おそらく昔から柿崎は米山に擁かれて頚城平野の北端にあり
縄文遺跡が出る位だから、食には満たされていたのだろう、
この地は やはり戦略上重要な地でそこに住む人は海と山の
幸の中で生活して この地を守って来たに違いない…
戦国になり「柿崎景家」が謙信公の影響により文化を柿崎に植え付けた、
そしてこの人達の末裔が現代の我々になるのだが、根底には町を思う
品格(プライド)を持った人達だ。
このプライドが有るから、他の町村に無い「ネット柿崎」があり
町の事を考える仲間がいる これはすごく大切な事で何気なしに我々は
活動しているが祖先から受け継いだDNAが知らない内に町のことを
考えさせているのかも知れない。
頚城平野の北の外れにありこの地が我々の故郷です、
もっと輝いていれるように「品格」を大切にして
我々の ”ペース”で町つくりを皆でやって行こうでは有りません
それと今回 よっちゃんは六日町に行ったらと考えていた「坂戸山」に
先週の米山に続き登山してきた、翌朝4:30にホテルを出て直傍にある
山に登った。
最初あまり朝が早いもんだから誰もいなく上り口が解らず反対に
行き30分ロスした、山は丁度 健康登山には良く上下で20人以上の人に
お会いした、中には二往復するつわものもいた、ともかく市民にはかなり
愛されている山です、この辺は米山と似ているかもね?
その後 朝食を取り山古志村に7人で地震の後 そして長島さんの愛する
故郷を見てきた、随分復旧工事が完了して立派な村になっていた。
山古志は本当にキレイに復旧されていた。キレイになっていただけに、
なんだかその現代的な整備のされかたが、痛々しくも感じたね。
段差のない道路の脇に、今も新築の家々があり、ようやく普段の
生活が戻ってきたんだなぁとつくづく感じたね。
あと、びっくりしたのは中山隧道だ!
16年の歳月が掛かったということだが、写真を見ても分かるように、
水平に、そして真っ直ぐに進んでいる。
岩肌もきれいに落とされていて、本当に関心するばかりであった…
この中山隧道、山古志のプライドであることは、間違いなかろう。
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